戦争

ロシアがウクライナに仕掛けた戦争も4年半、終結の様相は見られない。何十万人と言う人命が失われたが、両国の指導者はまだ生きている。人類がこの地球に生まれてから、紛争はあったにせよ、戦争と言えることがあったのは農耕により富ができていてからだという人がいる。なぜ富ができると戦争になるのか?わかるようでわからない話だ。

旧約聖書のカインとアベルの兄弟の話は人類初の殺人事件が綴られている。兄のカインは農夫、弟のアベルは羊使いである。二人は神にささげものをするが、神はアベルのものだけを受け取った。カインは嫉妬しアベルを殺してしまった。したがって人類の子孫はカインの子孫なのである。殺人鬼カインの子孫である我々人類は殺人鬼の血が流れていて、脳は殺人が当たり前だと考える、しかし人間は良心と理性、法によって殺人を思いとどまらせている。だが時として好戦的な野心家が出てくる。そうすると戦争が起きる。 神は殺人を犯したカインを殺さなかった。エデンから追放したが、誰もカインを殺せないようにした。なぜだかわからないが神はカインの弱みを握ることで、一生罪を背負って生きることが人類の宿命だとしたのではなかろうか。

だからどうだということはない。神は人類は罪を犯す動物であり、罪を背負って生きるものだという。だから戦争は必然であり、それを罪の意識として背負うもの、でも自分で殺したことのない者(指導者)が罪の意識を持つことはない。おそらく戦争経験者で人を殺したことのある兵士は違うだろう。今の時代、政府や軍高官は自分の手を汚さない。したがって罪の意識もない。こういう人たちを神は許すのだろうか?

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