「佐々木麟太郎が大リーグのマーリンズ入りを発表した。会見では、昨秋のドラフトで指名を受けたソフトバンクへの思いを問われると、佐々木は涙をこぼし、言葉を詰まらせた。今季、大学のシーズン開幕前に行われたオンライン取材では、ソフトバンクからの指名について聞かれ、「うれしかったです」と素直な思いを口にしていた。 野球少年にとって、ドラフトで自分の名前が呼ばれる瞬間は、何ものにも代えがたい特別な時間だろう。それだけに、日本とアメリカという2つの道の間で揺れ、この数カ月抱えてきた葛藤や悩みは、短い会見の時間だけでは語り尽くせなかったはずだ。 そして、その涙に対する世間の反応は、温かいものが多かった。 「ソフトバンクが指名しただけ。謝る必要はない」 「応援しています」 「夢を追いかけてほしい」 もちろん、すべてが肯定的な声だったわけではない。それでも、挑戦を後押しする言葉の方が圧倒的に多かった。 かつては「夢を語ること」さえ批判の対象になった時代があった。そのことを知るからこそ、今回、多くの人が佐々木の決断を受け入れ、背中を押した光景に、確かな変化を感じた。
菊池は、花巻東高校3年生の秋に「メジャーに挑戦したい」と夢を語ったことで、厳しい批判を浴び、高校には抗議の電話が殺到した。 高校生が「夢を語った」だけだった。それでも菊池は、名前も顔も知らない人たちから厳しい言葉を浴びせられた。菊池の胸には、今もその苦い思い出が棘のように残っている。 菊池は高校時代、野球の練習や試合を見に来ていた佐々木をとても可愛がっていた。歳の離れた弟か甥っ子のような存在のようだ。 だからこそ、自分が経験した苦しさを、佐々木に味わせたくない。菊池がそんな思いを抱いたとしても不思議ではなかった。 「大丈夫だと思いますよ。あの時に雄星さんが後に続く皆の分も背負ってくれましたから」 そう応じると、菊池は納得したのか、まだ心配が残っていたのか、当時を思い出したのか。何とも言えない複雑な表情を浮かべた。 当時の菊池への批判や誹謗中傷はあまりにも気の毒で、決して起きてはいけない出来事だった。 それでも、今、振り返ると、メジャー挑戦を口にした菊池が矢面に立ったことで、その後に続く選手たちが挑戦を口にしやすい環境をつくった。菊池は、自らが受けた痛みを次の世代のための道に変えたように思う。 さらに菊池は、高校卒業後にプロ野球へ進んだものの、その後、メジャー挑戦を果たし、厳しい世界で長きにわたって先発投手としてマウンドに上がっている。
もちろん菊池だけではない。 大谷翔平をはじめ、多くの日本人選手が海を渡り、メジャーの舞台で結果を残してきたことで、メジャーを見る人が増え、「挑戦する若者を応援しよう」という空気が少しずつ広がっていったように感じる。 時代が変わったのではない。菊池や大谷のような先人たちが、道を切り拓き、その積み重ねが結果として「時代を変えた」のだと思う。
言葉通り、佐々木は米国の大学へ進学し、そして今回、マーリンズ入りを決断した。野球少年だった一人の若者は、菊池や大谷が切り拓いてきた道の先で、さらに新たなルートからメジャーリーグへの挑戦を始める。 佐々木はマーリンズ入団にあたって直筆でその思いをしたためた。 「自分自身を軸にして、失敗したかしなかったか、ではなく、挑戦したかしなかったかを、選ぶ人生にしたいなという思いで、最終的にこの道を決断いたしました」 佐々木の挑戦が、また次の世代が夢を追うための新たな道になっていくはずだ」
この記事を読んで、今の若い人はいいと思った。私なんかは裏切り者と言われた時があった。でもいいダンサーはいい舞台で踊ることが目標なのだ。踊れる時代は短くていつも駆け足で登ろうとして批判を浴びる。みんな「挑戦」と言う言葉が好きでも「出る杭は打たれる」だった。伸びれないのは見えないハンマーに打たれるからだ。佐々木麟太郎には頑張ってほしい。その道の後には続く者もいるだろう。それが野球だけでなく技術者もいたならうれしいものだ。
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