1978年6月12日に仙台でM7.5の地震があった。死者16人、重軽傷者1万人、家屋の全半壊が4318戸という大きな被害の地震だった。その日は月曜日で私は米沢にいた。大学院生だった。米沢でも大きな揺れがあったが窒素ボンベが揺れたのを慌てて抑えた記憶がある。
実はその前の土、日は仙台にいた。その頃の彼女
私の彼女は仙台に住んでいて宮城学院に通っていたので時々仙台に行っていた。私は日曜日の遅くに米沢に帰ってきた。
2003年5月26日にM7.1の地震が宮城県北を襲った。負傷者174名、住家全壊2棟、住家半壊21棟、住家一部損壊2341棟、火災発生4件、道路破損173箇所となった。その当時私は倉元製作所に勤めていた。私は金曜日に家に帰って、月曜日にお客さんと打ち合わせをして夕方に帰りの新幹線に乗った。新幹線は大宮付近で突然止まった。地震が発生したと知った。新幹線は仙台までしか行かなかったので一泊して次の日の朝に会社に行った。工場は多大な被害があったが、私の設備があった区域は何もなかった。
2011年3月11日の大地震の時のことは以前のブログに書いた。私は地震にあったことがない。偶然なのだろうか?別に予知能力があるわけでもない。私がこの世界を仮想世界と思っている一因にもなっている。
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