9月

昔はお盆過ぎから秋風が吹き、9月は立派な秋となるものだったが、9月も30℃越えが続く。9月は誕生日があり満で71歳になる。

未婚若者の内35%が結婚したくないとのこと。理由は収入への不安だそうだ。まあ共働きなら何とかなるだろうに。まあこれは韓国、中国も同じだ。少子化は何をやっても解決しないだろう。その分高齢化は進み、長生きするようになる。基本的に生物は長生きするほど繁殖が弱いものだ。すなわち、長生きする人の子供の数は短命の人の子供より少ないのだ。これが東アジアで起きているのであれば、長寿化と少子化は同じことなのだ。すなわちこれは生物の遺伝子に組み込まれたものなのだ。

これをトレードオフという。何かをやるためには何かを捨てるということだ。近藤正臣のドキュメンタリーは奥さんの介護をするために仕事を止める。そして奥さんが亡くなった時の喪失感のようなものが残るというものであった。これが日本の縮図であるなら、私はそんなことはできない。施設に入れて、自分は今のまま仕事を続けるだろう。もし私が仕事を止めて介護をしたなら、私は後悔するだろう。私は自分が選んだことで後悔しない人生を生きてきた。近藤正臣はなぜ、ワンオペ介護を選んだのだろう。それは責任感のようなものだろうか?奥さんが亡くなったとき、彼は責任を全うしたという満足感があったのだろうか?やりきれなさだけが残る番組であった。

本題に戻そう。長生きと少子化が同じこととしても、長寿化だから少子化になったのか、少子化だから長寿化になったのだろうか?それは長寿化だから少子化になったと私は思う。長寿化になればがんにも認知症にもなる。医療費は高沸し社会保障は崩壊、若者は結婚や子供も持ちたいという気持ちがなくなる。

今後は、死ぬまで働く社会が来る。仕事を止めるのは死ぬ時だ。そうならないと社会保障は崩壊する。認知症になったら施設に入れる。負担を軽減するとともに、どんな形でも収入を得ることができる社会を作るべきだ。私のような71歳になっても普段と変わらなく働いている時代が普通になる。そうならなければいけないと思う。

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