今日は杭州空港の近くに泊まって、明日朝早くベトナムに行く。今回は仕事ではない。ノルウェー人のルータに会うために行く。我々の付き合いは2005年に始まった。ノルウェー人のルータとフィン、韓国人のチョーとの4人組でよく遊んだものだ。ルータは巨漢、フィンは細身で高身長、チョーは小柄だ。歳はフィンが現在75歳くらい、ルータが73歳くらい、チョーは67歳くらいである。
ルータはドイツ人で、戦後のごたごたでノルウェーに来た。フィンはノルウェーの大企業出身、二人ともグロンフィヨルド工業団地の中の地方政府機関に勤めていた。チョーはLGの企画部にいて、LGシルトロンを企画してその研究所所長となり、そのあとKCtekを経て、ノルウェーにきてシノアという太陽電池のウェハー工場を設立し、彼らとの交流が始まった。シノアは倒産し、RECという会社がそこを買った。そこに供給することを目的とし、石英ルツボ工場を作ろうという計画を三人は立てた。チョーは最初、その話を日本の石英を扱う商社に持ち込んだ。そこにいたのが、私の仲人だった。彼は東芝セラミックスの課長をしていた時代があった。その人と岸さんとでノルウェーを訪れている。岸さんは私が東芝セラミックスに入社した時はすでに営業に移っていたが、石英一課の課長をしたことがあった。岸さんは楠和クオルツの責任者になったときに私に石英ルツボをやってくれと言った人だ。その二人は、実際の工場建設などは私に振ればいいなどと考えていたようだ。それを知ったかどうか、チョーは直接私にコンタクトしてきたのだ。確かその時は中国に来る前の2005年の4月頃の話だった。フェローテックとは6月頃に中国に石英ルツボの会社を作る相談を受けていた。そして私は7月に倉元製作所を辞め、8月に自分の会社を立ちあげた。わたしが50歳の時のことだ。
フィンとルーターと4人でノルウェーだけでなく、中国、日本、オランダ、イギリスなどに行って、よく遊んだものだ。それから20年、フィンはまだ同じところで働いているようだ。ノルウェーは62歳を過ぎて、仕事を辞めて年金をもらうか、年金をもらわないで働いくかの選択ができる。年収は年金の税金が低くなることから手取り額は勤めているときと同じくらいもらえる。ルータは年金をもらうことを選んだ。ルータの二度目の奥さんはタイ人で、タイに家を建てて夏はノルウェー、冬はタイに暮らしている。フィンはスウェーデンにサマーハウスを持っている。しかし一番若いチョーは記憶をなくす病気になって入院しているそうだ。認知症だろうか? ルータが会いに行ったようだが覚えていないような感じだったという。
それがショックだったらしく、生きているうちに私と会いたいということになり、ベトナムで再会することになった。実は彼とは二年前にオスロで会っている。私がNordic Mining社に会うときに彼に仲介を依頼したので。ふと気づけば我々は70歳過ぎの老人である。老人には思い出がたくさんある。二年前に会った時、ルータが「あの時が人生で一番楽しかった」と言ったことがある。昔のようなエネルギッシュさはないが、また会って昔のことを話したいものだ。
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